ESSAY
心の振れ幅
第57回手記コンクール 奨励賞(日本勤労者協会)| 2024
「不採用」
この3文字が私の全てを変えた瞬間でした。目を疑って何度もその紙を見返したもののその3文字は変わりませんでした。現実を疑うほどの衝撃が、私の体を支配し、不安と失望がジワジワと広がりました。首筋がジーンと強張り、掌はジワーッと湿りだし、耳鳴りが聞こえてきました。めったなことでは風邪もひかない私が寝込み、ストレス下で起きるという、ヒリヒリとするポツポツが出来る帯状疱疹を患いました。
この注目度の高い社内選抜は、私はやれる事は全てやり、用意周到に準備した結果、前評判でも実績も実力も十分あり、私が採用されるのは確実と思われていました。先輩たちとの雑談でも、選抜された後の話がされていたので、私は既に内定が決まったように思い込んでいました。
私の不採用の件は周囲にも衝撃を与えたようで「私は不正をして失格になった」とか、「採用された人は重要な取引先の娘」だ、など様々な憶測が交錯していました。後の噂によると、選考委員が、何が何でも私のことを落とすように、と働きかけていたようです。選考委員は、私と同じ大学の同じゼミ出身の、私と似たような経歴の先輩でした。
どうしようもない喪失感の中、親以上に年上の仲良くしてもらっているメンターに呼び出され食事中にこんな話をしました。
「今思うと人生は、自分の力ではどうにもならない状況に巻き込まれた経験の方が、心に残るんだ。順当にうまくいった例や、当然のように上手くいかなった時はあまり覚えていない。運よくうまくいったことも心に残らない。一番心に残るのは、自他共に確実と思われる状況で、予想外に上手くいかなかった今回みたいな時だよ。耳鳴りがする感じとか、ジーンと強張る感じとか、人生でなかなか無いでしょ。その心の振れ幅こそが、君の人生の深みだよ。」
慰めてくれると思っていた矢先、この話はイマイチ理解が出来ませんでした。むしろ、その言葉に苛立ちを感じ、帰りにお礼が言えず目も合わせられませんでした。
そしてその一年後に再度挑戦した社内選考では、私は遂に採用されました。しかしながら、その時の感覚は、一年越しの溢れんばかりの喜びではなく、ただの薄い安堵感だけでした。この安堵を感じた時、ハッと、「あの時の言葉」の真意が分かり、慌ててメンターに無事採用の報告と当時の無礼の謝罪をしました。笑って許してくれて全身の力が抜けました。
選抜試験について振り返ってみると、選抜の結果よりも、あの時の「心の振れ幅」が心に残っています。それ以来、働くということとは、給料と出世のための単なる職務の遂行だけではないことが分かりました。若かりし学生時代には、自分で回答を書く試験やレポートの成績やスコアで評価される機会が多く、客観性が高い評価が多かったように思います。しかし、働くようになってからは、自分ではどうしようも出来ない理不尽な出来事に打ちのめされ呆然と立ち尽くすこともあります。
しかし、そうした苦しい経験こそが、振り返った時にかけがえのない経験となり、私たちを成長させてくれます。学生の時に大人たちが「ピンチはチャンス」と言われた時、単なる綺麗事だと思っていましたが、今になって本当の意味が分かりました。ピンチは本当にチャンスです。ピンチは「心の振れ幅」が増幅させ、人生の深みが増してくれます。あの時のメンターの言葉があったからこそ、今の私がいます。そしてこの人生で大切な「心の振れ幅」は、全身全霊をかけて働き、挑戦することでこそ得られるものです。
小耳にはさんだことですが、私を落とすように働きかけていた先輩の行動が問題となり選考委員から外され、部署も左遷されたようです。去年私の代わりに採用された人も鶴をしたとか何とか陰で言われたようで先日から休職していると聞きました。選考に関して上手くいったと思っていた彼らもまた、「心の振れ幅」について考えるきっかけになったのかもしれません。