無報酬の果てに見つけた、本当の財産

ESSAY

無報酬の果てに見つけた、本当の財産

第58回手記コンクール 佳作(日本勤労者協会)| 2025


「働くって何だろう?」

トイレで吐きながら、私は自問していた。スポーツ協会の理事会は崩壊寸前。派閥争い、ボイコット、そして「自分がやりたいことしかしない」人たちの集まり。結局すべてが私に押し付けられ、破綻は時間の問題だった。

報酬?もちろんゼロ。いや、マイナスだった。大会の備品が足りなければ自腹で購入し、会場費の不足分は立て替えた。無償どころか、持ち出しばかりの日々。それなのに、なぜ続けるのか。

「もう協会なんて潰れればいい」
「あいつらとは一緒にやれない」

罵声が飛び交い、人が次々と去っていく。残されたのは、山積みの未処理書類と、滅茶苦茶な会計、そして途方に暮れる私だけだった。

それでも辞められなかった。この業界の未来が失われることが、どうしても許せなかったから。地域のスポーツ文化が消えてしまえば、次の世代に何も残せない。使命感という、理屈では説明できない何かが、私を突き動かしていた。

「まあ、そういう面倒なのはひかりさんにやってもらって(笑)」
「私たちは楽しみたいだけですから〜」

軽い調子で責任を押し付けてくる人たち。笑いながら去っていく背中を見送りながら、私は一人で動いた。未処理書類の山と格闘し、会計を整理し、大会運営の準備をする。深夜まで作業は続いた。

でも、限界は明らかだった。このままでは本当に破綻する。

そこで私は、少しは気にかけてくれている方々一人一人に頭を下げて回った。「未来のために、力を貸してください」

最初は冷たい反応ばかりだった。でも、諦めなかった。純粋にスポーツを愛する人を探し続けた。その中に、大学を卒業したばかりの青年がいた。

「僕にできることがあれば」

彼は理事に加わり、黙々と作業を手伝ってくれた。その姿を見て、また一人、また一人と協力者が現れ始めた。

批判は相変わらずだった。でも、少しずつ変化が起きていた。

「ずっとひかりのターン」と揶揄されていた状況が、ちょっとずつチームプレーに変わり始めていた。

そして理事会再建から1年後。

あの青年が言った。

「ひかりさん、そろそろ『ずっとひかりのターン』から卒業する時期です。みんなで分担しましょう」

涙が止まらなかった。

彼は最初から見ていてくれたのだ。揶揄されながら一人で戦う私を。自腹を切りながら必死に支える姿を。そして今、その言葉を優しく包み込むように使ってくれた。「卒業」という言葉に込められた、深い理解と感謝。

働くって何だろう?その答えが、涙と共に流れ込んできた。

お金じゃない。評価でもない。誰かと心を通わせ、共に何かを成し遂げること。苦しみを分かち合い、喜びを共有すること。それこそが、働くことの本質なのだと。

今、協会は強い組織に生まれ変わった。それぞれの理事が得意分野で力を発揮し、私は全体を見守る役割になった。理事会では笑い声が絶えない。

あの青年は今、中心的なリーダーとして活躍している。彼の下には、さらに若い世代が集まり始めた。大学生、高校を卒業したばかりの子たち。みんな目を輝かせながら「私も手伝いたい」と言ってくれる。

先日、ある人が言った。「あの時、あなたが一人一人訪ねてくれなかったら、この業界の未来はなかった」

数年前の無報酬どころか持ち出しの仕事。吐き気を催すほどの重圧。でも、その果てに見つけたものは、どんな高額報酬にも代えがたい財産だった。

信頼、絆、そして「一緒に働く」ことの喜び。

大会で輝く選手たちを見ながら、私は確信している。かつて「ずっとひかりのターン」と揶揄された孤独な戦いは、今や若者たちが憧れる「みんなのターン」に変わった。次の世代が、さらにその次の世代へと、この文化を確実に手渡していく。

お金のためじゃない。心が震える瞬間のために、人は働くのだ。

そして今日も、新しい仲間が「何か手伝えることはありませんか」と声をかけてくる。その瞬間、私の心の通帳に、また新しい財産が振り込まれている。